子供の社会性を育む電車 喜びを共有する車

子育て

他人との距離感に気を使えない子は電車に乗りたがらない

車移動が中心の田舎で子供は社会性を育めない

しかし、車で他者への思いやりを実行に移すことも出来る。

電車に乗る練習

田舎の子は高校まで電車に乗る経験がほぼない。
車での送り迎えが当たり前だからだ。
親が車通勤だとICさえも解らない。
中学校は授業の一環で電車の乗り方を勉強しなければならないくらい、その経験は少ない。

他人と一緒に乗り物を共有する暗黙のルールやマナーがあることは、自分で感じ取らなくてはならない。

我が家の近隣の人々は電車の出入り口に整列したりしないし、
障害者の駐車場はいつも埋まっている。
この学ぶ機会を多く持つ(失わない)事は大切だと思う。

公共物の使い方

大抵18歳で免許を取り、自分一人の空間を好きな様に使いどうとでも振る舞える。
その結果、お年寄りに電車の席を譲る若者をめっきり見なくなった。
(田舎の電車は老人だらけだからかもしれないが?)

相手を観察し、自分もそれを察知して同じ時間、
同じ場所を密に共有する体験は生きる力になっている


空気を読む力はこんな事柄からしか学べないと思っている。

息子は、15歳で家をでた。
一人で帰省する新幹線がどれだけ地獄かをこの時から解っている。
正月とゴールデンウィークはつま先立ちで新幹線に乗らなくてはならない事。
それでも寮から解放され、家に帰る喜びの方が大きかったと。

私たちは、息子の寮の名前を別名 プリズン (監獄)と呼ぶ。

車に乗る

このあたりでは18歳で免許を取り、自分の車で通勤するのは当たり前。
時間と自由を手にした息子はめっきり歩かなくなった。

しかし、以前と違う所がある。
車のメンテナンスをする様になったのだ。
息子曰く、メンテナンスをするのは機械の様子で故障や摩耗の度合いが分かり、
事故に繋がるのかそうでないのかがはっきりわかるからだそう。

また「スピードメーターがあるのは嬉しいし、ペダルを漕がなくていいのは助かるよね」とも言う。

乗せてもらうから 他者の役に立つへ

自分の持ち物全てに対しての意識は、車を通じて高くなり年相応の買い物でないことも理解していると感じた。
ちなみに、車と電車どちらが早いかといえば田舎の電車は昼間1時間に2本が当たり前。

車はもう人々の体の一部であり人生を左右する乗り物になっているのだ

老いた祖父母を送迎する息子も、幼い頃はよくドライブに連れて行ってもらっていた。
見上げていた祖父母が助手席で小さく見える。

お互い、嬉しそうにフロントガラス越しに相手を気遣う姿は見ている私までも幸せにした。

まとめ

  • 公共物に乗る事は暗黙のルールを自分で感じる機会になる
  • 他者と同じものに乗り我慢をする事で俯瞰で物事を見る力をつける。
  • ゆっくりと多くを感じ大きくなる事で、得る優しさがある。

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